暗夜の格闘

小酒井不木

暗夜の格闘書籍情報

底本:「小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕」論創社
   2004(平成16)年7月25日初版第1刷発行
初出:「子供の科学 二巻三〜五号」
   1925(大正14)年3〜5月号
入力:川山隆
校正:伊藤時也

暗夜の格闘 6

小酒井不木

程なく自動車は木村さんのとこへ戻ってきました。物音を聞きつけたおばさんは、外へ走りだしてきました。
「俊夫さん、どうでした?」
 とおばさんは尋ねました。
「二人とも白金は飲んでおりません。僕は途中に用があったので先へ来ましたが、あとから二人は見えます」
 私たちは、自動車を待たせて家(うち)の中へ入りました。
「おばさん、竹内さんの下宿はどこでしょうか?」
「芝区新堀町一〇の加藤という八百屋の二階です」
「ちょっと、封筒を一枚恵んでください」
 おばさんが封筒を持ってきてくれると、俊夫君は、鉛筆で手帳へ何やら走り書きをしましたが、それからその頁(ページ)を破って封筒の中へ入れました。
「兄さん、これを警視庁の小田さんの所へ持っていってください。ゆうべはたしか宿直の番だったから、それから僕は事によると十時頃までは帰らぬかもしれぬが、うちで待っていてくれ」
 私が立ちあがった時、俊夫君はおばさんに向かって言いました。
「おばさん、僕お腹がすいたから、買ってきたパンを工場で食べさせてもらいますよ。冷たいお茶はありませんか」
「あります。先刻、沸かしたのがもう冷めておりますよ」

 警視庁には果たして小田刑事がおられました。小田さんは俊夫君とは大の仲よしで、俊夫君は小田さんのことを「Pのおじさん」と呼びます。Pは英語の Police(警察)の最初の文字だそうです。「Pのおじさん」という綽名(あだな)は小田さんは嫌いだそうですが、これまで度々俊夫君に手伝ってもらって手柄をされたので、俊夫君の言うことはけっして怒りません。
 小田さんすなわち「Pのおじさん」は、俊夫君の手紙と聞いてさっそく開いて見られましたが、その顔は急に輝きました。
「よろしい、万事こちらで取り計らうと、俊夫君に話してくれたまえ」
 と言われました。